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京都地方裁判所 昭和33年(行)10号 判決 1960年1月22日

原告 株式会社昭和産業相互銀行

被告 下京税務署長

訴訟代理人 今井文雄 外五名

主文

被告が昭和三二年五月三一日附で原告に対してなした原告の昭和三〇年一〇月一日から昭和三一年三月三一日に至る事業年度の法人税に関する所得金額を三二、二九三、〇〇〇円とした更正決定中二九、七九三、〇〇〇円を超える部分を取消す。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和三二年五月三一日附で原告に対してなした原告の昭和三〇年一〇月一日から昭和三一年三月三一日に至る事業年度の法人税に関する所得金額を三二、二九三、〇〇〇円とした更正決定中二七、七九三、〇〇〇円を超える部分を取消す訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告銀行(昭和二六年一〇月一九日商号を現在の株式会社昭和産業相互銀行と変更する前は昭和産業無尽株式会社と称する無尽会社)は昭和三一年五月二五日被告に対し昭和三〇年一〇月一日から昭和三一年三月三一日に至る事業年度分法人税に関し所得金額を二七、五六一、七八八円として確定申告をなしたところ、被告は昭和三二年五月三一日附で右申告額に対し次の各項目の金額を除加算したうえ所得金額を三二、二九三、〇〇〇円(二円切捨)、追徴法人税額を一、八九二、八三〇円、過少申告加算税額を九四、六〇〇円とする旨の更正決定をした。

加算項目

(1)  過料                六、〇〇〇円

(2)  貯蔵品(未使用倉庫用木材)    一四、三八〇円

(3)  源泉徴収加算税             七五〇円

(4)  損金不算入交際費         六二、六四八円

(5)  架空負債、別段預金         二、〇〇〇円

(6)  損金計上役員賞与(立替金、貸付金の利息その他)

五九五、六四五円

(7)  減価償却費           一一七、五二六円

(8)  認定賞与          四、五〇〇、〇〇〇円

加算小計          五、二九八、九四九円

除算項目

(1)  減価償却費             一、〇三五円

(2)  積立金より支出した賞与     三五〇、〇〇〇円

(3)  未納事業税           二一六、七〇〇円

除算小計            五六七、七三五円

そこで原告銀行は同更正決定のうち右加算項目(8)認定賞与五〇〇、〇〇〇円に関する部分のみを不服として昭和三二年六月二九日訴外大阪国税局長に対し審査の請求をしたところ、同局長は昭和三三年七月九日右請求を棄却する決定をなした。

二、しかしながら、前記認定賞与四、五〇〇、〇〇〇円は、原告銀行が元使用人訴外上田竜之助に対し退職金として支給した五、二七〇、〇〇〇円の一部である。すなわち、同訴外人は立命館大学を卒業後昭和四年四月一日原告銀行に入社以来総務部長をしていたが、昭和二五年八月二八日退社し、右退社と同時に取締役に就任、現在専務取締役をしているものであるところ、原告銀行は本店の増新築を行い、その業績の発展向上を見昭和三〇年に創立三〇周年を迎えたが、今後社員から重役取締役に選任される者が生ずる関係などを考慮し、会社の負担上の関係並びに退職金の計算を明確化する必要上、社員から重役になつたものには他の銀行でも行われているように社員として在職期間につき退職金の計算を行いこれを支給することが適当であるとし、創立三〇周年を機会に原告銀行取締役会において昭和三〇年一一月二日先に社員を退職し取締役となつた訴外上田竜之助に対し退職金五、二七〇、〇〇〇円を支給する決議をなし、これに基き右退議金の支給に及んだものである。

しかして原告銀行取締役会は、

(1)  右訴外人が入社と同時に総務部長の要職に就任し、長期間経営の衝に当り、経営困難な時期にもその経営方針よろしきを得、よくその重任を果したこと、

(2)  原告銀行が無尽会社当時無配であつても使用人には年二回賞与等の支給を行つていたが、右訴外人には実質上経営者側に属するものとして二〇年間一回も賞与を支給せず、且つ同訴外人が殆ど連日時間外手当を行つていたが社員に時間外勤務手当を支給するのと異なり一切時間外勤務手当を支給しなかつたばかりでなく、その給与については普通の幹部行員並みの給与をもつてしてきたこと、

(3)  又戦時中、国の方針として無尽会社の合併が要請された際等原告銀行が他の無尽会社と合併するに当り私財を提供してその実現に寄与し、原告銀行を今日の如くあらしめるに多大の功績があつたこと、

などの点を綜合検討し、前記五、二七〇、〇〇〇円をもつて妥当な金額と認め、全員一致をもつてその支給を決議したものである。

然るに被告は右退職金五、二七、〇〇〇円のうち七七〇、〇〇〇円は退職金と認めながら、その余の四、五〇〇、〇〇〇円はこれを否認し賞与と認定したのであるが、如何なる法律上の根拠により右認定をするに至つたものか原告はその正当なる所以を理解し得ない。

元来、私法人の退職金の支給については法律上支給基準の定めがないので、当該法人において退職者の在任中の功績を勘案し適宜決定し得るものであるから、税務当局が一方的にその一部を否認するが如き行為は到底許容し得ないものと確信する。

三、よつて被告のなした所得金額を三二、二九三、〇〇〇円とする前記更正決定中所得金額二七、七九三、〇〇〇円を超える部分は違法であるので、その取消を求めるため本訴に及んだ、と述べ、

被告の主張に対し、

一、会社の使用人と取締役とは法形式上のみならず実質的にもその性格を異にすること疑問の余地なく、その担当業務如何により判断すべきではない。前記訴外人は取締役就任と同時に法律上並びに事実上も従来の雇傭契約関係を終了し新たに原告銀行の機関たる取締役の地位に就任したものである。そして同訴外人が原告銀行使用人たる地位を退職すれば、その請求時期、その支払時期の如何を問わず当然退職金を受くべき権利を有し、原告銀行は右退職金支払義務を負うものであつて、他の会社において使用人が役員に就任した場合に使用人たる地位の退職に関し退職金を支給している事例が少いとしても、現にこれを支給している事例もあり、且つ後記法人税法取扱基本通達二七五の指示する趣旨からみても国も右のような退職金の支給を容認していたものというべく、この点から右の結論を左右するものではない。被告も右訴外人に対する七七〇、〇〇〇円の退職金支給を認めているのであるから、金銭の多寡は別として、原告銀行が同訴外人に対し右退職金支払義務あることは争わないものと解せられる。

二、被告は右のように原告銀行が訴外上田竜之助に対し退職金を支給すること自体を認めながらも、その支給につき退職金給与規定、退職金に関する労働協約又は慣例等により支給額には自ら一定の限界があると主張するけれども、全国の事業場には退職金給与規定、退職金に関する労働協約を有するものが相当数あるであろうが、又これを有しないものが相当数あることも否定できないし、退職金に関する慣例等についても規範的性格にまで高められたものであろうし、そうでない場合もあり、退職金額の決定については、被告の右主張を前提することはできず、同主張は原告の首肯できないところである。要するに退職金は、退職者の在職年数並びに在職中の功績等を考慮してその金額を決定すべき性質のものであつて、在職年数により退職金支給率が明文化されている場合でも在職中の勤務成績が特に良好な者に対しては特別にその金額を増額できる処置を採り得る規定が設けられているのが一般の事例である。ところで原告銀行取締役会は訴外上田竜之助が入社以来総務部長として業務一般を掌理しいわゆる支配人のような地位にあつたので二〇年余の在職中の功績に報いるため同訴外人に対し常勤役員に準じた退職金額を考慮すべきものであると全員一致のうえ本件退職金額五、二七〇、〇〇〇円を決定したものであり、名実ともに右金額が退職金であつて、もとより右退職金の支給金額の決定は全て原告銀行の一方的に決定すべきものであり、被告の決定に俟つべきものでない。

三、被告は右訴外人に対する支給退職金五、二七〇、〇〇〇円中、二、五〇〇、〇〇〇円を同訴外人の特別の功労に対するもの、二、〇〇〇、〇〇〇円を創立三〇周年記念品料並びに功労金となし、右合計四、五〇〇、〇〇〇円を同訴外人が役員であるからこその支給である旨断定しているが、右は全く根拠なき独断である。すなわち、右二、五〇〇、〇〇〇円を同訴外人の特別の功労に対するものと認定しながら直ちに同訴外人の使用人時代の二〇年余にわたる功労を役員としての功労と誤断し、また右二、〇〇〇、〇〇〇円についても前記のように認定することは原告銀行の意思を無視する謬論である。蓋し昭和三一年政令第七六号「法人税法施行規則の施行に伴う法人税の取扱について」に基く大蔵省通達(昭和三一、六、一三、直法一―一〇二)にも反するからである。右通達によれば、「退職給与金とは退職給与規定に基いて支給されるものかどうかを問わず、又その支出の名義の如何にかかわらず従業者の退職により支給される一切の給与をいうものである。」というのであり、本件退職金五、二七〇、〇〇〇円は明らかに右通達にいう退職給与金の範囲に含まれるものであつて、被告がその一部を如何なる根拠により役員賞与となすかその理由が明らかでない。

四、右のような被告の独断が若し右退職金の一部四、五〇〇、〇〇〇円をもつて法人税の計算上損金と見ず利益金処分と認定せんがための窮余の策に出でた推論であるとすれば、右は法人税法取扱基本通達二七五にも反するものといわねばならね。右通達によれば、「使用人が役員に就任した場合において法人が当該使用に対し使用人時代の在職年数を打切りその後は既住の在職年数を加味しないこととして支給した退職給与金についてはこれを支給した事業年度の損金に算入する。」と指示してあり、右退職金の一部四、五〇〇、〇〇〇円は当然損金に算入すべき性質のものである。

五、なお、原告銀行取締役会は会社経理統制令による役員の退職金支給基準を参考として訴外上田竜之助に対する退職金額を最高六、二〇四、〇〇〇円最低三、一〇二、〇〇〇円と算出し、諸般の事情を勘案して五、二七〇、〇〇〇円と決定したものであるが、恰も創立三〇周年であつたので一部取締役からうち二、〇〇〇、〇〇〇円を創立三〇周年記念品料としては如何との意見があり他の取締役も深く検討することなく賛成し右二、〇〇〇、〇〇〇円を創立三〇周年記念品料とすることとしたが、後で研究してみるとそのため右訴外人に倍額以上の所得税が課せられ原告銀行としても益金として課税の対象となることが判明したので、前記昭和三〇年一一月二日の取締役会で右二、〇〇〇、〇〇〇円も当初の決定どおり退職金として支給することに決議したのである。同年一〇月八日の取締役会の決議録には右訴外人に対する退職金を社員基準退職金七七〇、〇〇〇円、特別退職金二、五〇〇、〇〇〇円と決定した旨の記載があるが(但し右二、五〇〇、〇〇〇円は後に四、五〇〇、〇〇〇円に訂正された)、右社員基準退職金の記載は当時原告銀行が従業員労働組合と社員退職金規定について交渉中であつたため全く組合に対する対策上このような記載をしたに止り、これがために五、二七〇、〇〇〇円全部が退職金としての性格を左右する根拠とは全然なり得ない。ところが被告は右のような組合対策上の便宜的手段を無視して右七七〇、〇〇〇円のみを退職金と認定し、爾余の四、五〇〇、〇〇〇円全額を役員賞与と認定したものであると述べた。

(立証省略)

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、原告主張の請求原因一の事実は認める。

二、同二の事実中、訴外上田竜之助が立命館大学卒業後原告主張の日に原告銀行に入社総務部長をしていたこと、同主張の日に右総務部長の職を退いて退社し同時に取締役に就任現に専務取締役の職にあること、原告銀行取締役会が原告主張の日に同主張の額の退職金を右訴外人に支給する旨の決議をしたことは、いずれも認めるが、右取締役会が右決議をするに至つた経緯は知らない。その余の事実はすべて争う。

三、被告が原告銀行の訴外上田竜之助に対する退職金五、二七〇、〇〇〇円のうち四、五〇〇、〇〇〇円を利益処分の賞与であるとして原告銀行の当該事業年度分法人税に関する所得金額を計算したのは次の見解によるものであつて、本件更正決定に何ら違法の点はない。すなわち、

(一)  右訴外人は原告銀行代表取締役上田伝三郎の実弟であつた関係上、入社当時より枢要の地位に就き実質上は経営者側に属するものとして待遇され会社経営の任に当つてきた者であつて取締役就任前後を通じ実際の職務内容にはさほどの変動はなかつたものである。

(二)  会社の使用人と取締役とでは商法上その地位の性格が異なり、前者は単に会社との間の雇傭関係に基く被用者たるに止まるが、後者は取締役会を構成する一員として会社の業務の運営に関与する役員としての地位を有するものである。従つて会社の使用人がその会社の取締役に就任する場合、その地位身分の変動を法形式的に観察すれば、使用人たるの地位を退職したこととなるであろう。しかしながら、現在一般の会社の被用者たる部課長などより役員に選ばれる場合は、実質的にはこれをもつて退職及び新任と観念するよりは寧ろ昇任したものと評価されるのが現実に即しているのであり、又、一般の会社の全てが此のような場合に退職金を支給している訳でもない。尤も会社によつて此のような場合にも退職金を支給しているけれども、その支給は予め明文化された退職金給与の規定、従業員の結成する労働協約又は慣例等によりその支給額には自ら一定の限界が存するのである。本件において前記訴外人に対し退職金名義で支給した五、二七〇、〇〇〇円が法人税法上の損金性を有する退職金の条件を備えるか否かは、その実質に従つて定めなければならない。

(三)  ところで、原告銀行における右訴外人の地位は前記のとおりであり、右訴外人が原告銀行の使用人より役員に就任したときにおいて同訴外人が実質上原告銀行を退いたものということはできない。

しかも右の当時原告銀行には従業員の退職金に関する明文の又は労働協約上の規定は存せず、又同訴外人においても原告銀行に対し退職金を請求したこともなかつたのである。本件で問題となつている退職金五、二七〇、〇〇〇円支給決議は右訴外人が取締役に就任して五年を経過した後においてなされたものである。

(四)  右五、二七〇、〇〇〇円の内訳は、(1)七七〇、〇〇〇円は支給決議当時原告銀行と従業員の結成する労働組合との間に退職金支給基準について、ほゞその成案ができあがつており、右案を適用し右訴外人の社員基準退職金を計算した額であり、(2)二、五〇〇、〇〇〇円は同人の特別の功労に対するもの、(3)二、〇〇〇、〇〇〇円は創立三〇周年を迎えたための記念品料並びに功労金である。右(2)(3)の合計四、五〇〇、〇〇〇円は、このような理由で支給されたものであつて、右訴外人が役員であるからこそ、このような多額の金員の支給を受けたものであり、同訴外人に対する賞与(臨時的支給の金銭)の性格を有するものである。役員に対する賞与は利益処分をもつてなさるべきものであつて、右四、五〇〇、〇〇〇円については法人税の計算上損金に算入することはできないのであると述べた。

(立証省略)

理由

原告銀行がもと無尽会社で昭和一五年三月一一日昭和元年創立の京都産業無尽株式会社と実業無尽株式会社との合併により設立されその商号を昭和産業無尽株式会社と称していたことは、証人西川豊一の証言及び原告代表者本人尋問の結果により認められ、昭和二六年一〇月一九日商号を現在の株式会社昭和産業相互銀行と変更したこと、原告銀行が昭和三一年五月二五日被告に対し昭和三〇年一〇月一日から昭和三一年三月三一日に至る事業年度分法人税に関し所得金額を二七、五六一、七八八円として確定申告をしたところ、被告が昭和三二年五月三一日右申告所得額に対し認定賞与四、五〇〇、〇〇〇円外七項目合計五、二九八、九四九円を加算、減価償却費等三項目合計五六七、七三五円を除算し、所得金額を三二、二九三、〇〇〇円(二円切捨)、追徴法人税額を一、八九二、八三〇円、過少申告加算税額を九四、六〇〇円とする更正決定をなしたこと、そこで原告銀行が右更正決定中認定賞与四、五〇〇、〇〇〇円を申告所得金額に加算した点につき昭和三二年六月二九日訴外大阪国税局長に審査の請求をしたところ同局長が昭和三三年七月九日右審査請求を棄却する決定をなしたことは、いずれも当事者間に争がない。

原告は、右四、五〇〇、〇〇〇円が訴外上田竜之助に対する退職金五、二七〇、〇〇〇円の一部であるのに被告が本件更正決定においてこれを賞与と認定したことは違法であると主張するところ、被告はその支給額は別として原告銀行が前記本件事業年度において右訴外人に対し退職金を支給すること自体の当否に関しては敢えて何らの主張もしないので、この点については触れることなく以下原告の右主張を判断する。

訴外上田竜之助が立命館大学卒業後昭和四年四月一日原告銀行(その前身会社)に入社し以来総務部長をしていたが昭和二五年八月二八日総務部長の職を退き退社すると同時に取締役に就任し現に専務取締役をしていること、原告銀行取締役会が昭和三〇年一一月二日右訴外人に対し退職金五、二七〇、〇〇〇円を支給する決議をなしたことは当事者間に争がなく、上敍事実、成立に争のない乙第一号証の一及び三乃至六、乙第三号証の一乃至三、乙第五号証、証人中野繁則、本城初治、西川豊一、上田竜之助の各証言原告代表者本人尋問の結果(但し乙第一号証の六の記載及び証人上田竜之助、原告代表者の各供述中後記採用しない部分を除く)を綜合すれば、原告銀行の前身である京都産業無尽株式会社は原告銀行代表取締役上田伝三郎の父が取締役社長となつて昭和元年これを創立したもので、昭和七年父の死亡後伝三郎が取締役社長となり、その後昭和一五年合併により昭和産業無尽株式会社が設立され、昭和二六年現在の相互銀行となつてからも引続き代表取締役社長をし、これを主宰してきたこと、訴外上田竜之助は右伝三郎の実弟であるが、大学卒業後昭和四年四月一日右京都産業無尽株式会社に入社し以来昭和産業無尽株式会社当時を通じ昭和二五年八月二八日退社するまで二一年余の間総務部長をしていたこと、そして右退社と同時に昭和産業無尽株式会社の専務取締役となり続いて現在の相互銀行の専務取締役をしていること、右訴外人が総務部長をしていた当時のその職務内容は、常勤の取締役が社長伝三郎一人であつたため会社使用人中最高の地位にあるものとして社長を補佐しその差支えのときはこれを代行し、会社業務の遂行、事務全般の統轄を管掌することにあり、その後の専務取締役としての職務と同様の職務を担当していたこと、そして同訴外人は給与面においても他の一般使用人と異なり高額の給与を受けていたが、役員と同様時間外勤務手当、定期の賞与手当等の支給を受けていなかつたこと、同訴外人が総務部長をやめ使用人たる地位を退職した当時原告銀行には退職金支給に関する規定等がなく単に就業規則中に取締役会の決議により退職金を定める旨の規定しかなかつたため、取締役会が必要に応じ個々の退職者につきその都度退職金を決定していたが、同訴外人については引続いて取締役に就任したため格別退職とも観念されず従つて退職金の支給に関し何らの決定がなされていなかつたこと、原告銀行では昭和三〇年創業三〇周年を迎える前頃から使用人側よりの要請があり、社長側も使用人から役員となつた場合或は役員から使用人になつた場合のこと等をも考慮し退職金支給規定を制定することにつき検討を進めていたが、昭和三〇年一〇月八日取締役会において社長伝三郎の提唱により、創業三〇周年を迎えたのを機会に先に昭和二五年使用人から役員となつた訴外上田竜之助に対し退職金を支給することとし、時を同じくして創業三〇周年記念品料を贈ることを考慮のうえ、当時使用人労働組合と交渉中の退職金規定の案により同訴外人の総務部長退職当時の給与月額二三、五〇〇円の一・五倍の額に在職年数を二二としてこれを乗じ一般使用人としての退職金七七〇、〇〇〇円(端数五、五〇〇円切捨)を算出し、更に前記同訴外人在職中の職務内容等を斟酌し役員の退職に準じて特別の退職金二、五〇〇、〇〇〇円と併せて金三、二七〇、〇〇〇円を支給額とする決定をしたこと、次いで同月二七日に開かれた定期株主総会は、取締役会より一任された社長伝三郎の提出にかかる三〇周年記念に二〇年以上勤務役職員に記念品料及び功労金を贈るとの議案を可決し、その金額等を取締役会に一任する決議をしたこと、そこで取締役会は右株主総会決議に基き該当者等に対する記念品料等支給額を決定したが、特に他の役職員と異なり創業の頃より原告銀行の最も枢要の地位にあり、その経営をしてきた社長伝三郎及び専務取締役の訴外上田竜之助の両名に対しては、前者につき三、〇〇〇、〇〇〇円後者につき二、〇〇〇、〇〇〇円をそれぞれ記念品料並びに功労金として贈ることと決定したこと、しかるに間もなく右訴外人が右二、〇〇〇、〇〇〇円を記念品料並びに功労金として受領するときは退職金として支給されるときより高額の所得税を課せられ、原告銀行も法人税の計算上その支出を利益処分として課税対象とされることが判明したため、同訴外人において右二、〇〇〇、〇〇〇円の記念品料並びに功労金を受領することを辞退したことにし、改めて右二、〇〇〇、〇〇〇円を同時期に支給される前記退職金三、二七〇、〇〇〇円に追加して支給する形式をとり、取締役会も同年一一月二日右形式に添う決議をし、結局合計五、二七〇、〇〇〇円を退職金として同訴外人に支給する決定をしたこと、しかして原告銀行はその頃右訴外人に対し右五、二七〇、〇〇〇円全額を退職金の名義により支給したことが認められる。原告は訴外上田竜之助に対する退職金は会社経理統制令による役員の退職金支給基準から五、二七〇、〇〇〇円と算出し、然る後専ら労働組合対策上これを社員基準退職金、特別退職金等の名目により区分したものと主張し、成立に争のない乙第一号証の二及び前出同号証の六には右主張に添う記載があり、また証人上田竜之助及び原告代表者は同主張のような事実を供述するけれども、これらは前掲諸証拠に照しにわかに採用し難く、外に以上の認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、被告が認定賞与とした四、五〇〇、〇〇〇円のうち二、五〇〇、〇〇〇円は原告主張のとおり訴外上田竜之助に対する退職金の一部に外ならないこと明らかであるから、法人税の計算上これを損金に計上すべきものである。しかしながら、その余の二、〇〇〇、〇〇〇円は原告銀行創業三〇周年に際し現専務取締役である右訴外人に対し前身会社入社以来社長上田伝三郎に次ぐ枢要の役職員として勤続したことに対し右社長に準じて支給された記念品料乃至功労金であるから、被告主張のとおり役員に対する賞与(臨時的支給の金銭)というべきであり、対税上これを同時に支給される退職金の一部であるかの形式をとつたところでもとより法人税の計算上はこれを益金に計上しなければならない。

なお、被告の主張するとおり、訴外上田竜之助が使用人より役員となつてもその職務内容にさほどの変動のなかつたこと、同訴外人が使用人たる地位を退いた当時原告銀行にかかる場合の退職金支給規定、労働協約、確定した慣行等の存しなかつたこと、そして本件の退職金支給決議も退職後五年余を経過した後に決められたものであることは、いずれも前認定のとおりであり、また公文書または私文書として真正に成立したと認められる乙第四号証の一乃至五〇、乙第六号証の二乃至二三、官署印影部分の成立は争なく、その余の部分は公文書として真正に成立したと認められる乙第六号証の一によれば、主として大阪市内に本支店をおく諸会社では使用人が役員となつたときに退職金を支給する事例は少く、これが支給された場合でも退職金支給規定などの定めのある場合であるのが通常の事例であることが窺えるけれども、本件のばあいは、未だ以上の諸事実から直ちに前記二、五〇〇、〇〇〇円についての上敍の結論を左右するものではない。

以上の次第であるので、被告のなした原告の昭和三〇年一〇月一日から昭和三一年三月三一日に至る事業年度の法人税に関する所得金額を三二、二九三、〇〇〇円とする更正決定中前記退職金の一部である二、五〇〇、〇〇〇円に対応する二九、七九三、〇〇〇円を超える部分は違法であるから取消を免れないから、原告の本訴請求のうち右本件更正決定の所得金額三二、二九三、〇〇〇円のうち二九、七九三、〇〇〇円を超える部分の取消を求める点は理由があるのでこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣久晃 平田孝 大西リヨ子)

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